メコン地域
▼ページ最下部
001 2019/08/03(土) 22:59:57 ID:7K1px9AxFU
038 2025/12/13(土) 23:53:45 ID:eOVT9mShdY
039 2026/01/14(水) 04:30:44 ID:kDSQ3Owcgg

「ASEANウェイ」とは、協議を通じた全会一致方式、内政不干渉の原則、合意事項の非拘束性、組織の非制度化を特徴とする、東南アジア諸国連合(ASEAN)の意思決定や行動様式で、加盟国間の対立を避けつつ協調を目指す外交スタイル。
これが崩壊するとすれば大国と各々1対1で対峙せざるを得ないのでまずは分裂する事は無い
しかし仮に九段線が第2列島線並みに膨張した場合、「大陸対海洋」で分裂し、
その後の次の亀裂は、イスラム・マレー的価値観国家とそれ以外のシンガポールフィリピンが離反する形での分裂が想定され…
∴ハリマオは正しかった
返信する
040 2026/07/12(日) 11:38:27 ID:laXsDfzWvQ

タイ人は何処から来たか
かつて(19世紀末〜20世紀半ば)は、「タイ族が大理国を建てたが、13世紀にモンゴル帝国(フビライ・ハン)に滅ぼされたため、圧迫されて一斉に南下し、現在のタイにスコータイ朝を建てた」というドラマチックな建国史が広く信じられており、タイの教科書にも載っていました。
最新の学説(考古学・言語学・遺伝子DNA研究)に基づくと広西チワン(壮)族とタイ人は、数千年前の祖先(百越系)を同じくする「最も血の濃い兄弟民族」であり、言語・生活文化・遺伝子のあらゆる面で驚くほど多くの共通点を持っています
返信する
041 2026/07/12(日) 11:48:43 ID:laXsDfzWvQ
タイ人の祖先(タイ・カダイ語族)の真の故郷は、四川や大理国のような内陸部ではなく、中国南東部の沿岸地域(現在の広東省、広西チワン族自治区、ベトナム北部)
紀元前〜1世紀頃(広東・広西):現在の中国南東部(広東省、広西チワン族自治区、ベトナム北部)の沿岸部に、タイ族の祖先である稲作民族「百越」が定住していました。
1世紀〜7世紀(雲南・昆明):漢民族の南下(前漢の武帝による征服など)から逃れるため、内陸の雲南省(昆明や「滇」の周辺、シーサンパンナ)の盆地へと西に移動しました。
11世紀〜13世紀(メコン川流域):人口増加や新天地を求めて、雲南からメコン川やサルウィン川に沿って徐々に南下し、現在のタイ北部(チェンマイ周辺)、ラオス、ミャンマー北部(シャン州)へ流入しました。
南下してきたタイ族は、現在のタイ中部や東北部を支配していたクメール帝国(アンコール王朝、現在のカンボジア)の「傭兵」や「臣下」といった傘下に入りました。
13世紀に入ると、クメール帝国は巨大建築(アンコール・トムなど)の乱発による財政悪化や、水利システムの機能不全(干ばつと洪水)で急速に弱体化していきました。この隙を突いて、クメールの地方拠点(現在のタイ中部・チャオプラヤ川流域):さらに南の広大な平野部であるタイ中部(チャオプラヤ川流域)へと到達)にいたタイ族の首長たちが反旗を翻し、1238年にスコータイ王国を建国して独立を果たしました。
当時の超大国であったクメール帝国(アンコール王朝、現在のカンボジア)を激しく圧迫し、最終的に崩壊へと追い込みました。
返信する
▲ページ最上部
ログサイズ:45 KB
有効レス数:39
削除レス数:2
不適切な書き込みやモラルに反する投稿を見つけた時は、書き込み右の マークをクリックしてサイト運営者までご連絡をお願いします。確認しだい削除いたします。
海外掲示板に戻る 全部
前100
次100 最新50
スレッドタイトル:メコン地域
レス投稿