イラク共和国
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001 2018/07/08(日) 08:19:33 ID:1BZlWD5mY2
西暦634年、ハーリド・イブン=アル=ワリードの指揮のもと約18,000人のアラブ人ムスリム (イスラム教徒) からなる兵士がユーフラテス川河口地帯に到達する。
当時ここを支配していたペルシア帝国軍は、その兵士数においても技術力においても圧倒的に優位に立っていたが、東ローマ帝国との絶え間ない抗争と帝位をめぐる内紛のために疲弊していた。
サーサーン朝の部隊は兵力増強のないまま無駄に戦闘をくりかえして敗れ、メソポタミアはムスリムによって征服された。
これ以来、イスラム帝国の支配下でアラビア半島からアラブ人の部族ぐるみの移住が相次ぎ、アラブによってイラク (イラーク) と呼ばれるようになっていたこの地域は急速にアラブ化・イスラム化した。
8世紀にはアッバース朝のカリフがバグダードに都を造営し、アッバース朝が滅びるまでイスラム世界の精神的中心として栄えた。
10世紀末にブワイフ朝のエミール・アズド・ウッダウラ(英語版)は、第4代カリフのアリーの墓廟をナジャフに、またシーア派の第3代イマーム・フサインの墓廟をカルバラーに作った。
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060 2026/01/12(月) 15:20:43 ID:g8KKshHG42

イラクは経済・エネルギー分野で中国に接近しており、石油開発などで中国企業が主要プレイヤーとなるなど「中国寄り」の動きが見られますが、同時に米国や欧州との関係維持、地域(湾岸諸国やイラン)との仲介役も担うなど、多角的な外交を展開しています。特に、石油大手企業の撤退が進む中、中国はイラクの石油開発における重要なパートナーとして存在感を増しています。
中国寄りの背景と具体例
石油開発における中国の存在感: 米欧の石油メジャーがイラクから撤退する中、中国企業は石油開発事業に積極的に参入し、主要なプレーヤーとなっています。
エネルギー市場のシフト: ロシアのエネルギーを欧州が忌避する中、イラクは自国原油の「欧州市場シフト」を模索しつつも、アジア市場(中国・インドなど)への依存度を高めています。
インフラ投資と経済協力: 中国の「一帯一路」構想も背景に、イラクは経済復興のために中国との協力関係を深めたい意向があります。
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