マニラ
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001 2012/03/13(火) 07:56:27 ID:7dX/HKUFPw
4月に行ってくるよ
どこ楽しいの?
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072 2019/09/13(金) 19:11:20 ID:Ud3grAJP.U
>>69 タバコ系はうるさくなったね。夜はわからないけど昼間はその辺で吸えない雰囲気 Smoking areaじゃないとやばい
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073 2019/09/13(金) 20:36:04 ID:jc47dgLGLM
074 2019/11/02(土) 10:49:29 ID:ZYTP42mooQ
マニラは初めて行く人には良い所かな〜2日もあれば主な観光地は回れるしね。
で野郎が行くには,夜遊びの場が貧弱すぎるし、バカ高いくらいボッタが横行。
間違ってもLAなんか行ってはいけない。見物くらいに留めること。
1992年までは不夜城であたエルミタは、殺風景な場所に、、、
死んだ赤子の齢を数えても・・・
ただ遊ぶのなら、アンヘレスへ行くことだ。ここも現在は韓国系の歓楽街になってはいるが、、
時間が取れれば、ビサヤ。ミンダナオ・ビコル地方へ行くのも、良いかもしれない。
ただセブは外人慣れした輩が多いので、何かと問題も多い。
要は、観光客が行かない地方の,地元民相手の店ならリーズナブルに遊べる。
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075 2019/11/02(土) 19:42:48 ID:26WbQvKRII
>>74 ただし、観光客が行かない地方の,地元民相手の店は言葉が出来なくては話にならんよw
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076 2020/08/27(木) 22:53:53 ID:XLkC0Qj2aQ
タクロバンはロンゲラップ近くの島である。
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077 2020/09/06(日) 09:43:19 ID:F9unng.9jg
コレヒドールはロンゲラップ近くの島である。
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078 2020/10/24(土) 01:53:33 ID:JF38HxLM4A
080 2021/12/31(金) 12:45:22 ID:9g5utSmhDE
>フィリピンはマレー系を始めとする多民族国家で~16世紀後半から約300年にわたるスペイン人の支配により~
主要民族はルソン島のタガログ族
過去数百年で華人やスペイン人(サンボアンゲーニョ)との混血が進み、混血率は高い。地域によって混血率は違い
華人はスペイン統治時代に幾度も排斥政策を取られたことから、存続のため、現地社会との融合度が高く~富豪上位10位の7割を中国系移民及びその子孫
ビサヤ諸島のビサヤ族(カトリック改宗済)、
ミンダナオ島などの南部にはイスラム教徒のモロ族・・・
全国的に、日本のような詳細な地図・道路地図は発行されておらず書店、空港などで購入できる地図も、非常に大まかなもので
むしろインターネット経由でGoogle マップを閲覧した方が、詳細な地図情報を得られ・・・
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081 2022/01/02(日) 09:32:33 ID:Qe2oJ/nB32
[YouTubeで再生]
アニメ『超電磁マシーン ボルテスV』1977
フィリピン人の琴線に触れるストーリー展開で爆発的人気となり、国内では最高視聴率58%を記録するほどで国民的アニメと言われるほどの人気を誇る
地元紙フィリピン・スターでは「フィリピン近代史における文化的偉業とも考えられるアニメ」と論じていた。
http://yurukuyaru.com/archives/87479864.htm... 地球より14000光年、蠍座の球状星団内にある恒星系。そこに貴族による寡占政治を行い、角の有無が身分を運命付けるボアザン星がある。
ボアザン帝国の科学長官ラ・ゴールは皇帝の甥(弟の長子)として次期皇位継承の資格を持ちながら、角が生まれつきなかったのをライバルのズ・ザンバジルに暴かれて失脚、妻ロザリアとも引き裂かれて労奴に落とされる。しかし、ラ・ゴールは反乱を起こしてボアザンから脱出し、1年の漂流の後、地球に落ち延びて科学者・剛光代に救われる。
ラ・ゴールは光代と結婚して剛健太郎と名乗り、物語の主人公となる三兄弟をもうけ、好戦的なズ・ザンバジルの侵略を予想して、浜口博士や防衛軍の岡長官と共に巨大ロボ・ボルテスVや基地ビッグファルコンの建設に着手
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082 2024/11/17(日) 04:18:07 ID:1gKjSc./io
1521マゼラン スペイン入植後に浸透した貨幣経済によって原住民は借金漬
1898アメリカ統治
1946フィリピン独立
米国のフィリピン植民経営
アメリカ合衆国の統治下にあったフィリピンでは、独立を要求する運動が続いていたが、1930年代にアメリカ国内でもフィリピン分離論がおこってきた。その理由は、フィリピンからの安価な砂糖とタバコの輸入がそれぞれ国内産業を圧迫していたこと、低賃金のフィリピン人労働者の流入を労働界が恐れたことなどがあった。
フィリピンを領有後、植民地と本国内における砂糖産業の競合のゆえに、早くから独立付与を考えている。だが、ミンダナオだけは”未開の野蛮人”の土地で、資本にとっての別天地だった。だから、ミンダナオを米国の恒久的なプランテーションの土地にして、かつて1900年代にイタリアからの移民をアラスカに導入したように、黒人をここへ植民しようなどという議論が1920年代の米国議会で行われている。このようなミンダナオ特殊視は今日までつづいている。
戦後日本でも台湾でも米国の指導で農地改革が行われたのに、フィリピンでは行われなかった。それは戦前から米国資本がフィリピン地主層と結んでいたから、農地改革をしたくてもできなかった。もっとも、地主に対する農民の不満が共産主義革命にゆきつくことを恐れていた(中国の共産革命がそうだった)米国政府は、何度も農地改革案をつきつけたが、地主層の支配するフィリピン議会でいずれもつぶされている。
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