ハンガリー
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001 2016/11/19(土) 13:37:32 ID:GbMLeQbAXg
011 2022/04/04(月) 15:29:38 ID:k31tuWCNqY

矢十字またはクロスバーディ(英語: cross bardy)は、十字の紋章の1つで、アームの終端が矢の形状になっているもの。矢印十字とも呼ばれる。
近代では、この図案はハンガリーの過激勢力によりシンボルとして使用され、1930年代から1940年代にかけて矢十字党のシンボルとして党旗などに使用された。
第二次世界大戦後にハンガリーでは非合法化された。
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012 2022/05/29(日) 04:51:03 ID:6QNKQrF9aw

ハンガリーは今は平和だろうか?
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013 2022/05/29(日) 05:03:47 ID:LLhyXu9i2c

知ったかはロシアとアルメニア上げるけどまったく美人多くない
ほんとに美系多いのはハンガリーとフランス
ギリシャ彫刻みたいな顔がたくさんいる
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014 2022/05/29(日) 09:54:57 ID:rdfRytaXgQ
015 2023/06/11(日) 12:59:00 ID:IePBLhrYIM
016 2024/01/08(月) 14:23:26 ID:gu2kiRSw0w
017 2024/05/26(日) 12:16:01 ID:G6HPTjkBjA
018 2024/09/23(月) 08:51:28 ID:uLXOjVE5nU
019 2024/09/23(月) 08:56:21 ID:uLXOjVE5nU
020 2025/01/11(土) 12:48:50 ID:V1cnuU2pSQ
021 2025/05/05(月) 12:43:40 ID:EQY5cePjHo
022 2025/05/11(日) 06:59:00 ID:R4ikhiwdDw

ハンガリーとウクライナは騎馬民族の可汗の系統だな
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023 2025/05/28(水) 14:49:40 ID:OG5a875WX2

Rozalia Szekely
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024 2025/05/29(木) 04:21:27 ID:G0F1XqlxbU
バーナード・ジャン・ベッテルハイムは 日本に派遣された英国海軍琉球伝道会のキリスト教宣教師。また沖縄県地域最初のプロテスタント宣教師
レルヒ少佐 オーストリア=ハンガリー帝国の軍人 日本で初めて本格的なスキー指導をおこなった人物
ルビク・エルネー はルービックキューブの発明で世界的に知られる彫刻家、建築家 日本では名・姓の順にしたエルノー・ルービックの表記なども用いられる
ピーター・フランクル 数学者・大道芸人・タレント
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025 2025/10/18(土) 12:47:18 ID:t.ns8KcC3Y
026 2025/11/22(土) 15:50:37 ID:gb6lD6ZTf6
027 2026/01/26(月) 18:26:15 ID:pxxSuuj4TQ
>>10 ウラル語族全体の祖先(ハプログループN系統を主とする集団)は、もともと遼河地域を含む東アジア北東部から南シベリアに居住していました。
気候の寒冷化や黄河文明系集団(ハプログループO系統)の北上により、彼らは住み慣れた土地を離れ、シベリアのタイガ(森林)地帯や河川(レナ川流域など)を伝って北西へと移動を開始しました。
約4,000年前〜3,000年前 西シベリアでの「ウゴル」と「フィン・ペルム」の分岐
ウラル山脈の東側、西シベリア付近に到達した段階で、生業(生活の手段)の違いから決定的な分離が起こりました。
フィン人の祖先(フィン・ペルム諸語集団):より北西の森林地帯へと進みました。彼らはタイガでの狩猟採集や初期の農耕を維持しながら、現在のロシア北部を経てバルト海沿岸へと向かいました。
マジャール人の祖先(ウゴル諸語集団):ウラル山脈の東側から南側の草原(ステップ)地帯に留まりました。彼らはここで、南から伝わってきた「馬の飼育技術」を取り入れ、定住生活から騎馬遊牧生活へとシフトしました。
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028 2026/01/26(月) 19:05:39 ID:pxxSuuj4TQ

西方への到達タイミングと経路の違い 最終的に現在の居住地へ至るまでのルートと時期も大きく異なります。
フィン人: 紀元前1000年頃にはバルト海沿岸に到達し、エストニア人やサーミ人と分かれながら、紀元後の数世紀にかけて現在のフィンランドの地へ定住しました。
マジャール人: 長く南シベリアから中央アジアの草原地帯に留まり、テュルク系民族(フン族やアヴァール族など)と交流・混血を繰り返しました。彼らがカルパティア盆地(現ハンガリー)に劇的な「大移住」を完了させたのは、フィン人より遥かに遅い9世紀末(約1,100年前)のことです。
看板ジョーク
昔々、シベリアの地でウラル語族の先祖たちが移動していたとき、道が二手に分かれる場所に看板が立っていた。
その看板には「左へ行けば、文明的で、暖かく、豊かな暮らしがある(南のハンガリー)」「右へ行けば、寒く、険しく、何もない(北西のフィンランド)」と書かれていた。
文字が読めた者は、左(ハンガリー)へ行った。文字が読めなかった者は、右(フィンランド)へ行った。
フィンランド人の自虐(教育大国なのに…)「自分たちの祖先は看板の文字が読めない文盲だったから、こんなに寒い不毛の地に来てしまったんだ」
ハンガリー人の自虐(あんなに良い場所に行ったのに…):「文字が読めて賢かったはずなのに、なぜ今の自分たちは(政治や経済で)こんなに苦労しているんだ」
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