インド Republic of India


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001 2017/01/29(日) 20:39:22 ID:SkQddzaqOs
インド共和国

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002 2017/01/29(日) 20:45:35 ID:SkQddzaqOs
003 2017/01/29(日) 20:50:51 ID:SkQddzaqOs
タージマハル

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004 2017/01/29(日) 21:40:10 ID:SkQddzaqOs
タージマハル

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005 2017/01/30(月) 01:24:51 ID:/vfJSmjIYo
インド人は世界最強やで。
針や釘の筵でも平気、ロープや絨毯で移動が自由自在。
おまけに食わず飲まずで生きとるやん。

11年前に香港でお付き合いしたいた、インド女性が
優しくええで〜臭くないし、清潔でアナルもOK.

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006 2017/02/09(木) 10:59:54 ID:fvT363Dp0A
インドの母ちゃん強そ

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007 2017/02/09(木) 13:30:24 ID:oBCc5L2sc.
008 2017/02/09(木) 13:33:47 ID:oBCc5L2sc.
009 2017/03/02(木) 01:29:46 ID:85dpLG1zaU
010 2017/09/30(土) 15:20:26 ID:5deqlqCI7k
[YouTubeで再生]
【9月30日 AFP】インドの経済的中心地ムンバイ(Mumbai)で29日朝のラッシュ時、鉄道駅に至る歩道橋上で通勤客が殺到して倒れ、少なくとも22人が死亡した。
インド鉄道(Indian Railways)の広報担当者によると、急に降り出した土砂降りのモンスーンのせいで数十人が歩道橋上で雨宿りをしていたが、
一斉に出ていこうとしたために人々が倒れたという。
現場はムンバイ南部にあるエルフィンストーン(Elphinstone)駅とパレル(Parel)駅を結ぶ歩道橋。
負傷者が運び込まれたKEM病院(KEM Hospital)の院長はAFPに対し、死者数は22人と明かすとともに、「歩道橋の上に多くの人々がいた。
皆が一斉に出ていこうとして誰かが滑って転倒し、人々が折り重なるように倒れたようだ」と述べた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170930-00010000-afpbbne...

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011 2018/02/26(月) 02:09:07 ID:Z581GC4ZlI
恒例の

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012 2018/02/26(月) 02:19:54 ID:Z581GC4ZlI
013 2018/07/04(水) 17:38:40 ID:gagUPO.vJU
014 2018/07/04(水) 17:42:03 ID:gagUPO.vJU
015 2019/01/16(水) 05:49:00 ID:/n2xU67E2o
016 2020/01/27(月) 03:40:57 ID:JvsBNFyZtw
紀元前20世紀頃インダス川流域のインダス文明。ドラヴィダ人が起こした文明で場所は今のインドの北西部。パキスタンとの国境付近
紀元前16世紀頃、インドの地にアーリア人が侵入。
紀元前5?6世紀頃コーサラ国とマガダ国の間に釈迦族の小国がありコーサラ国の属国となっていた(同時期マガタ国にはジャイナ教が生まれる)
紀元前4世紀、アレクサンドロス(イスカンダル)大王インドに遠征、これによりインダス川流域にギリシア系勢力拡大、これに対抗してマウリヤ朝が成立。
マウリヤ朝の最盛期3代目の王、アショーカ王は仏教に熱心になる
1世紀から3世紀にかけて、インドの西北部を中心に栄えたクシャーナ王朝。←ギリシア系影響ガンダーラ
4世紀、グプタ朝 ヒンドゥー教、6世紀の半ばに中央アジアからやってきた遊牧騎馬民族エフタルによって滅ぼされる
7世紀、ヴァルダナ朝。 ハルシャ王はヒンドゥー教徒だったが、仏教も手厚く保護し、玄奘(西遊記の三蔵法師)天竺(インド)へ
16世紀 ムガル帝国、インド史上最大のイスラム国家。ムガルとは、モンゴルが訛ったもの。
17世紀、イギリス東インド会社

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017 2022/04/27(水) 12:49:00 ID:8LhdLrvlgM
>パキスタンの戦争で西に支持を求めたとき、ロシアだけがインドを支持し、日本がアメリカについたということを理解すべき。なぜインドがロシアを支援してはならないというのか
>インドとロシアの友情は、すべてのインド人の中心にある。インドが何を言われようと、断った決断は正しかった
>インドとロシアは心の友であり、アメリカは脳の友である
>QUADはロシアに向けたものではない、QUADはQUADの管轄内にとどまる必要がある
>アメリカと中国は信頼できない
>困難な時期はいつも親友のロシアと一緒だったからね
>日本はインドの良い友人であり、ロシアは永遠のインドの親友ということだ
https://haitatti.com/india-allows-japan-commercial-...

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019 2023/09/03(日) 08:40:06 ID:3n16Bw0KEA
「移民だがなぜ移民してきたのか理由を説明する」→カナダ人「こいつ…」
http://galapagosjapan.jp/blog-entry-8341.htm...

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020 2023/12/19(火) 21:42:04 ID:oh1KGgm2oU
ドラヴィダ人
インド亜大陸の先住民で古くはインダス文明を築いたと考えらている。https://bbs58.meiwasuisan.com/world/1388270635/033... しかし、前1500年頃に西北からインドに入ってきたアーリヤ人に押され南インドに追われ、南インドでサータヴァーハナ朝、チョーラ朝、パーンディヤ朝など、独自の文化を持つ国家を展開させた。
 ドラヴィダ人はアーリア人とは外見が異なり、アーリア人よりも一般的に肌の色が黒く背が低いが手足が長い、ウェーブがかった髪などの特徴がある。
現在南インドのタミル人のタミル語はドラヴィダ語を継承しており、彼らはアーリヤ系インド人とは異なるドラヴィダ系インド人として残っている。

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021 2023/12/23(土) 10:07:47 ID:6jp6Cv7Ubk
ヒンドゥー教では牛は破壊神シヴァの乗り物であるとされており、神聖な動物として崇拝されています。
そのため牛を殺すことも食べることも禁忌となっています。

しかしヒンドゥー教で神聖視されているのは南アジアを中心に分布する乳白色の瘤牛のみであり、真っ黒な水牛はその限りではありません。
インドでは多くの水牛が飼育されておりそのミルクは飲用にされるほか乳製品に加工されるなどして利用されます。
乳牛としての役目を終えた後は食肉とされることが多く輸出されることも多いようです。

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022 2023/12/23(土) 13:43:03 ID:6jp6Cv7Ubk
[YouTubeで再生]
ミトラス教は紀元前1世紀から5世紀にかけて古代ローマで隆盛した。牡牛を屠る太陽神ミトラスを信仰する密儀宗教である
元々、ミトラス神は、古代インド・イランのアーリア人が共通の地域に住んでいた時代までさかのぼる古い神ミスラ(ミトラ)であり、イラン、インドの両地域において重要な神であったものが、ヘレニズムの文化交流によって地中海世界に入った後に形を変えたものと考えられるがその起源や実体については不明な部分が多い。ミトラス教はインド・イランに起源するミトラス神や、7位階の1つペルシア人をはじめとするイラン的特徴、初期に下級兵士を中心に信仰されたという軍事的性格から、古代イランのミスラ信仰に起源を持つ宗教と考えられてきた。しかし両者の間には宗教形態の点で大きな相違点があり、古代イランにおけるミスラはイランを守護する民族の神であり、公的、国家的な神だったが、ローマ帝国におけるミトラス教は下級層を中心とした神秘的、秘儀的な密儀宗教の神であり、公的であるどころか信者以外には信仰の全容が全く秘密にされた宗教であったし、民族的性格を脱した世界的な救済宗教としての素質を備えていた。こうした宗教としての根本的なちがいは研究者にとって悩みの種であり、現在ではキュモンのようにイランのミスラ信仰から直接的に発展したと捉えることは困難とされている。しかしミトラス教のイラン起源を全く否定することもできず、ミトラス教の黎明期に教祖ないし宗教改革者が存在したことを想定する研究者もいる

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