パキスタン


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048 2023/12/13(水) 20:23:53 ID:shl7u3vBSI
イスラーム教勢力のインドへの進出は早く、711年に最初の大規模な侵攻がインダス川下流のシンド地方で始まった。ウマイヤ朝 https://bbs58.meiwasuisan.com/world/1531005573/02... のイラク総督ハッジャージュがムハンマド=ビン=カーシムの遠征軍は翌712年、シンド王を戦死させその地を征服した。711年はウマイヤ朝がイベリア半島で西ゴート王国を滅ぼした年でもある。しかしウマイヤ朝の内紛やインドのヒンドゥー勢力であるラージプート諸国の抵抗もあって、イスラーム勢力の支配はシンド地方より東にはは広がらなかった。

インドにおける7世紀後半のヴァルダナ朝滅亡から、13世紀初めのイスラム政権デリー=スルタン朝の成立までの、北インドの分裂時代をラージプート時代という。いくつかのヒンドゥー教を奉じる王国(その国王がマハーラージャ)に分かれて争ったが、8世紀から始まるイスラーム勢力の侵入をうけ、分裂していたため撃退することができず、13世紀初めには北インドにイスラーム政権が成立した。ラージプートとは、サンスクリット語のラージャプトラ(王子の意味)の訛った言葉で、正統的なクシャトリヤの子孫であることを意味する。ラージプート諸国の中の最も有力であったのは、北インドを支配したプラティーハーラ朝(都カナウジ)である。他の地方政権で非ラージプートであるベンガル地方のパーラ朝、デカン高原のラーシュトラクータ朝と7~10世紀に三つどもえの抗争を行った。

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